「精神保健福祉法改正案」に関する学会見解を公表
日本精神神経学会(理事長、武田雅俊氏)は、去る2月28日、通常国会に上程された「精神保健福祉法改正案」に対して、犯罪の防止を目的として精神保健福祉法の改正を行うべきではない、措置入院制度の見直しが、患者管理やリスク管理のためだけのものとなってはならないことなど、学会としての見解をまとめ公表した。リリースされた見解の全文は以下のとおり。
【はじめに】
平成29年2月28日、政府は精神保健福祉法改正案を第193回通常国会に上程しました。
日本精神神経学会(以下、「本学会」)は、今回の改正法案に関する見解をまとめ、ここに公表いたします。本学会はこれまでも、精神保健福祉法の改正に際しては、平成17年、平成25年改正時に、また今回の改正に際しても平成28年3月末に精神保健福祉法に関する包括的な見解を公表しており、同年6月には「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」に対して、特に医療保護入院制度に関連した要望を提出しております。
今回の改正法案上程に先立って平成29年2月に厚生労働省が示した「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要」には、今回の改正についてその趣旨と概要がまとめられています。そして、留意点として医療の役割に言及されているものの、趣旨の冒頭には「相模原市の障害者支援施設の事件では、犯罪予告通り実施され、多くの被害者を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう、以下のポイントに留意して法整備を行う」とあります。まず本学会は、事件の再発防止を目的として措置入院制度の改正を行うことに対して、きわめて強い懸念を表明するものです。
【提示されている具体的な改正点について】
1.国及び地方公共団体が配慮すべき事項等の明確化
第2条に2を追加した中で、国及び地方公共団体の義務として、「精神障害者に対する医療は病状の改善など精神的健康の保持増進を目的とする」、「精神障害者の人権を尊重し、地域移行の促進に十分配慮すべきこと」を 明記するとなっています。本学会は、精神科医療の役割が、病状の改善など精神的健康の保持増進であることに全く異論はありませんが、その実効こそが問われていると思われます。
2.措置入院者が退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられる仕組みの整備
今回、①措置自治体による退院後支援計画の作成、②帰住先の保健所設置自治体による、退院後支援計画に基づく相談指導、③退院後支援計画期間中の移転時に、自治体間で退院後支援計画の内容等の通知、④入院時の退院後生活環境相談員の選任、の4点が主なものとして挙げられます。
これらの仕組みは入院中から退院後に至る自治体を中心とした地域支援の充実を目指すものとして肯定的に捉えることもできます。しかし一方、地域における患者管理、リスク管理のためのものとなってしまう危険が常にあることに留意する必要があります。また、退院後の地域生活支援、医療的支援は、措置入院患者だけに必要なものではありません。入院形態に関係なく、医療保護入院、任意入院を含め、「退院後支援を必要としている人」すべてに提供されるべきものです。そして、支援が有効になされるためにまず必要なことは、地域資源を増やし、市町村、保健所・保健センター、精神保健福祉センターなどの精神障害者支援機能を拡充することです。
退院後生活環境相談員の選任は、今回措置入院者に対しても選任されるようになったことは望ましいことだと考えます。ただし、退院後生活環境相談員設置の効果についてはまだ十分に検証されておらず、その活動内容と効果に関して、今後継続的な検証が必要と考えます。
3.精神障害者支援地域協議会の設置
保健所設置自治体が設置する精神障害者支援地域協議会については、患者管理や入院期間の長期化などのマイナス面が出来することも懸念されます。今後この協議会がどのように運営されていくかを注視していく必要があると考えています。
4.医療保護入院の入院手続等の見直し
今回の改正において市町村長同意制度の運用基準が緩和されたことは、現場の期待に沿うものと言えます。しかし、その同意も、平成25年改正前までと同様に極めて形骸化したものとなることが懸念されます。これまで本学会は、医療保護入院における公的責任の明確化と家族等同意制度の廃止を要望してきました。医療保護入院全例を市町村長同意とし、さらにその役割も、入院後の支援、権利擁護、退院後の支援まで求めるべきです。
【今次法改正に対する意見】
以上のことから、本学会は今回の法改正に対して、以下のように意見を表明します。
1. 精神科医療の役割は、病状の改善など精神的健康の保持増進であり、精神保健福祉法の改正もこの視点に立って行われるべきものです。犯罪の防止を目的として精神保健福祉法の改正を行うべきではありません。
2. 措置入院制度の見直しは、それが、患者管理やリスク管理のためだけのものとなってはなりません。また、退院後の支援は本来入院形態に関係なく「退院後支援を必要としている人」すべてに提供されるべきものであり、そのための地域資源の充実が望まれます。
3. 家族等同意を廃止し、医療保護入院における国と地方自治体の責任を明確にすべきです。
以上