第20回日本脳低温療法・体温管理学会レポート [2017.07.19]

第20回日本脳低温療法・体温管理学会レポート

金子 唯 (熊本大学医学部附属病院 救急・総合診療部)

[2017年7月9日]

P1去るH29年7月7-8日に,熊本大学医学部附属病院 救急・総合診療部の主幹において,第20回日本脳低温療法・体温管理学会(会長 笠岡俊志)を開催いたしました.会場は熊本市内のホテルメルパルク熊本を利用しました.H27年夏から当学会の企画を開始したのですが,翌H28年4月には「熊本地震」により会場変更を余儀なくされ,今回開催直前には「北部九州集中豪雨」のため一時開催が危ぶまれる事態にもなりました.予期せぬ災害により,2回の憂き目をみたものの,無事開催することができ安堵しております.

今回の学会テーマは「多職種連携による体温管理の向上」とし,医師以外にも看護師,臨床工学技士等の方々にも積極的に参加,発表,討論に参加いただくことを目標としました.参加者のうち約半数が医師以外で占められたことは,今回の目標の一つの成果と考えております.

基調講演には山口県立総合医療センター院長の前川剛志先生をお招きし,頭部外傷に対する脳低温療法の無作為割付比較BHYPO試験を企画・実施した経験から多職種連携に関わるご講演をいただきました.

海外からはパリLariboisiére大学病院のNicolas Deye先生をお招きし,ランチョンセミナーと教育セミナーをご担当いただきました.心停止蘇生後に体温管理を行う際に,血管内冷却法と体表冷却を無作為割付したICEREA試験について,血管内冷却法は体温管理に優れるものの神経学的予後に有意差が認められなかったこと.体温管理療法は特に心停止蘇生後において重要な治療となりつつあること,プロトコール化された方法が求められていること.などをご講演いただきました.

さらに教育セミナーとして,国際医療福祉大学神経内科教授 永山正雄先生に集中治療における脳機能モニタリングの最前線についてご講演いただきました.神経モニタリングの必要性とその教育について,米国Neurocritical care societyの試みを例にとり,また日本蘇生ガイドラインも2015年から脳機能モニタリングを取り入れたこと,現在日本で開発されているモニタリング機器や,まだ日本に取り入れられていない海外のモニタリング機器などをご紹介いただきました.

会場風景2

特別講演は元熊本市文化財専門相談員の富田紘一先生による,熊本地震で倒壊・復旧途中にある熊本城の歴史や倒壊状況などに関する「熊本城は生きている」と題したご講演を行っていただきました.

シンポジウムは脳低温・体温管理療法における多職種連携について討論いただきました.二次病院のHCUで脳低温療法を始めてみた医師の発表,体温管理療法の看護プロトコールを作成・教育に利用している看護師の発表,ECPRにおける臨床工学技士の役割に関する発表,脳低温療法・筋弛緩管理中の人工呼吸ケアに関する看護師からの発表,臨床工学技士からの新しい深部温モニタリングである前額部温測定の発表,医師からの多職種に対する神経救急・集中治療教育セミナーを紹介する発表,これらをもとに多職種の方々が興味を持って聴講することができました.また各企業の機器展示スタッフからも,医師の発表ばかりであると難解であったが,今回の学会はわかりやすく多様なニーズがあることがわかったとコメントいただきました.

多職種を受講対象とし,全国展開している「PCASトレーニングセミナー」の要旨を紹介するセミナーもランチョンセミナーとして講演され,4名のセミナー講師から同セミナーの一部をチーム医療を目標として,多職種に向けてあらためて説明いただきました.

一般演題に関して,脳低温・体温管理療法も対象疾患および施行方法の選択肢が増えており,職種による内容も加味すると,多くのカテゴリーが必要となってきていると感じました.

「頭部外傷・脳卒中」では全国レジストリや過去のRCTの二次解析,脳梗塞再灌流療法と脳低温療法の組み合わせ等の発表,「PCAS-ECPR」では各施設でのECPRの成績や,ECPR施行例のまとめ等の発表,「血管内冷却」は近年日本で保険収載された血管内冷却カテーテルを用いた脳低温療法についての発表,「看護」は看護師視点からの脳低温・体温管理療法への取り組みについての発表,「PCAS-予後予測」は心停止蘇生後症例の予後予測方法について,ひいては脳低温・体温管理療法が有用な重症度の症例を見出すための発表,「新しい試み」は動物実験による新たな知見や,臨床研究における新たな試み,臨床においても体温管理に関する新しい試みなどについての発表,「症例」は脳低温・体温管理療法中の新たな気付きを中心とした発表,などが討論されました.

P4rP3r多職種から様々な発表・意見が得られた本会でしたが,脳低温・体温管理療法が本邦で初めて開始されたころと比較して,多種多様な専用機器が登場してきたことも大きく貢献していることを感じました.本治療が比較的容易になれば,新たな医療施設が参画し,軽減された労力は更なる試み・工夫に繋がり,医療機器メーカーも新しい視点からの製品開発に結び付いていきます.本治療法が患者さんの転帰改善につながるべきは言うまでもありませんが,日本全国であたり前に行われる治療となるべく本学会は発展していくべきかと改めて感じました.

 

「私の印象記」
昨年の本学会では,当時新たに保険収載されたばかりの血管内冷却カテーテルが脚光を浴び,多くの発表が同デバイスに割かれていました.もちろん優れたデバイスではあるのですが,では重症頭部外傷や脳梗塞などで血流が低下している部分をどのように温度コントロールするかの討論があったことは興味深いです.体表局所冷却法は今後の検討課題かもしれません.

頭部外傷・心停止蘇生後ともに予後予測に関する検討が多く報告されていました.NielsenらのTTM試験が発表されてから,近年いわれるようになったことに対象例の重症度評価があります.つまり,軽症例では体温管理の有意な効果を見出せずむしろ不要である可能性,重症例ではすでに障害が不可逆であり体温管理を含めて如何なる治療も効果を見出せない可能性,から至適な治療対象をどのように判断すべきか?との概念です.各病態のスタンダードな重症度の尺度が見出され,コンセンサスが得られれば,これは脳低温・体温管理療法の進歩に大きく貢献するといえるでしょう.P5r

そして多職種からの発表の数々(多職種からの基礎研究も含む)には多くの感銘を受けました.PCASトレーニングセミナーを含めて,多くの職種が同じコンセンサスをもってチームでアプローチすることの大切さを再認識しました.その多職種からの発表は,かつては自身もわずかながら行っていたことで,つまり医師が診療中に余力を使って,少しずつコツコツを行っていたことばかりです.そこに多職種の方々が加わることで,こんなにも発展するものなのだと理解することができました.

P8 r上記のような印象記を添えさせていただきましたが,そうはいっても会期中は運営に追われる状況であり,各演者の真意を十分にくみ取り切れたか?少し自信が御座いません.ただこのような有意義な印象とともに会期を無事終えることができたことは,スタッフの皆様の御協力の賜物と考えます.また余談となりますが,懇親会においては熊本県のゆるキャラ「くまモン」のパフォーマンス,大津太鼓「清流会」の皆様の演奏を頂戴いたしました.

まだ震災の傷跡が完全には癒えておらず,復興途中の熊本県での会では御座いましたが,御協力いただきました全てのスタッフに感謝の意を示しながら,本レポートを閉めさせていただこうと存じます.