日本精神神経学会(理事長 武田雅俊)は、ICD-11β草稿で認知症(神経認知障害)が「精神と行動の疾患」の章から除外されていることに対しての意見書を発表した。(平成29年1月21日、学会リリース)
World Health Organization (WHO) による新しい疾病分類(ICD-11β草稿)で、認知症(神経認知障害)Dementias (Major Neurocognitive Disorders)が「精神と行動の疾患」の章(the chapter for the Mental or Behavioural Disorders)から完全に削除され、神経疾患の章にのみ配置されていることに強い懸念を持つとし、以下のような意見書を公表した。
「歴史的に振り返ると、我が国における認知症の診療・研究・教育は、主に精神科によって担われてきました。1980年代に認知症を対象とする学会として、日本老年精神医学会と日本認知症学会が組織されましたが、両学会とも主として精神科医によって組織されたものです。設立当初は老年精神医学会会員のほとんどは精神科医であり、臨床的問題が主なテーマでした。一方、認知症学会には、精神科医に加えて、神経内科医や基礎研究者が含まれており、どちらかと言えば基礎研究が充実していました。20世紀後半を通して、認知症に関する臨床上課題は、主として精神科医が対応してきたと言えます。1999年に最初のアルツハイマー病治療薬ドネペジルが認可されると、精神科医に加えて、神経内科医、老年科医が臨床にも多くかかわりうる状況となりましたが、それでも精神科医の役割の重要性は減っていません。我が国では、2004年にdementiaの訳語を痴呆から認知症に変更しましたが、その契機となる活動も精神科医によるものです。老年精神医学会は2000年から、認知症学会は2008年から、それぞれの専門医制度を開始して、認知症診療の充実に貢献しています。
認知症は、もともと極めて社会的な疾患です。認知機能の障害は、外界からの刺激の処理に障害をもたらすことにより、認知症患者の行動に障害をもたらします。「認知」と「行動」は人の社会生活を成立させている重要な人の機能であり、認知症患者においては、このような機能が障害されていると理解することができます。このように考えると、認知症の理解と対応には、生物学的要因以上に心理学的、社会学的要因を考慮することが求められています。認知症の根治療法が開発されていない情況では、臨床的課題の大部分は、行動および精神の障害(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia: BPSD)への対応であり、認知症患者の社会生活の支援にあります。このような現状を考えると認知症医療サービスへの精神科医の関与は必須です。我が国では、認知症患者の急増に伴い全国364ヵ所に認知症疾患医療センターが配置され、そこでは精神科医と神経内科医とがお互いの得意な分野を合わせて診療に当たっています。特に、うつ病など他の老年期精神疾患との鑑別診断や家族や介護者が最も疲弊するBPSDの治療は精神科医が担当することが一般的であり、我が国の認知症診療において精神科医は欠かせない存在となっています。こうした背景もあり、日本精神神経学会では精神科医の専門医トレーニングにおいて、認知症の治療を経験することを必須と位置づけており、さらに認知症診療スキルアップのためのeラーニング講座を立ち上げて、精神科医の認知症診療力の向上に努めています。
加えて、高齢化が進む我が国においては、2025年に認知症患者が700万人、2050年には1000万人に達すると推定されており、精神科、神経内科、老年科を挙げての対応が迫られています。これまで認知症診療に大きな貢献をしてきた精神科医は、今まで以上に認知症の医療サービスに関与していくことが必要であると考えています。
このような日本における認知症の推計人口、そして治療体制を考えると、認知症が神経疾患にのみ位置づけられることは、臨床における精神科医の介入機会を減少させ、患者・家族からの要求との解離・混乱を引き起こす可能性があります。そのことは深刻な問題を抱える患者・家族への適切な治療・ケアの提供に支障をきたし、ひいては認知症の社会的負担の増大という多大な不利益をもたらすことが危惧されます。
したがって、日本精神神経学会は、ICD-10の分類にならって、認知症を「精神と行動の疾患」の章にも配置し、コードをつけることを希望するとともに、今後もICD-11の「精神と行動の疾患」の作成に可能な限り貢献していきたいと願っています。以上」