精神医学の構造力動的基礎
ヤンツァーリク, W/岩井一正/古城慶子/西谷勝冶
[A5判/上製/500頁/定価¥6500円+税 ISBN4-906502-06-7]
著者はヤスパース、シュナイダーの流れを汲む元ハイデルベルク大学の精神科医として、また今日の精神病理学会の重鎮的存在として知られる人物である。本書は精神病理学における臨床的な疑問に対して、ヤスパースやシュナイダーの記述精神病理学からは満足のゆく解答を得られなかったという著者が、30年以上にわたり取り組んできた独自の探求の大いなる成果といえよう。すなわち、人間精神の全体論的把握を目指す著者は、昨今の生物学的還元主義からも、哲学的・人間学的精神医学からも一定の距離を保ちつつ、精神病理学の第3の道を開拓するための「構造力動論」の壮大なる試論を本書において提言する。ロマン主義精神医学に由来する「力動」の概念、心的拡がりを把握するための構造の概念。この両概念の相互連関を追及することによってはじめて、「心的場」における全体としての精神の機能が理解され、心身の概念は比類のない深化を達成することができる。本書には、構造力動論の成立過程をも含めて、その理論展開のエッセンスが清澄な記述で凝縮されており、読者はあらためて著者の圧倒的な炯眼に瞠目するに違いない。
著者の思想は従来とかく難解とみなされがちであったが、円熟をきわめた一つの理論体系として完成された本書には、難解さよりもむしろ理路整然とした明快さが前景に現れている。21世紀の精神病理学の一つの可能性を暗示する示唆に富む名著といえよう。