(書 名) | 新・精神病理学総論 |
(副 題) | 人間存在の全体 |
(著 者) | ヤスパース、カール/山岸 洋 |
(訳 者) | 山岸 洋 [解題・訳] |
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かつてない平易な解説で、ヤスパースが提起した問題を、今日の問題として読み解く渾身のマニュアル。精神医学に関心を寄せる人々が知っておくべき「臨床」の考え方。書棚に飾るヤスパースから、活用されるヤスパースへ。 |
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2014. 9 学樹書院 ISBN978-4-906502-37-0 C3037 本文見本(PDF) |
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目次 | 本書について | 著者について | 書評・その他 |
目 次 『新・精神病理学総論』――解題 「総論」の百年 …… 第六部の各節・各段落の梗概 余話、あるいはアポクリファ 本書に出てくるヤスパース哲学用語略解 文 献 人間存在の全体(「精神病理学総論」第六部) これまでに述べた精神病理学を振り返って見る 人間の本質に向けての問い 精神医学と哲学 健康と疾患の概念 臨床実践の意味 訳者あとがき 人名索引 ■ ■ ■ では本来の総論はどこにあるのか。私はそれが第四版の第六部に置かれていると見ている。ヤスパース自身は、「人間存在の全体」を扱う第六部の内容は、もはや精神病理学に属するものではないと断っている。もしかすると、ある学問の総論とは、その領域から外へ出て、そこから距離をとることによってしか成立しえないものなのかもしれない。精神医学の臨床を離れて哲学者となったヤスパースが、精神病理学を振り返って見たときに見えてきたものこそ、まさに総論と呼ぶにふさわしいものであったように私には思われるのである。ここに彼の、もう一つの信じがたい才能がある。この第六部に書かれていることは、過去ではなく、私たちがまさにいま取り組むべき精神医学と精神科医療のあり方の諸問題に根本的に関係してくることなのである。 今日、精神医学は、おそろしい停滞の状況の中にある。医療現場に身を置く医師として、他の医学分野の急速な進歩からはほとんど縁のない地点に足止めされているような感覚を私たちは味わっている。私たちの目の前には、私が医師になったころと本質的には何も変わらぬ状況が広がっている(もちろんそうは感じていない能天気な人たちもいる。それだけに精神医学の危機は根深いのである)。その目の前にあるものは私が医師になる前にも長くほとんど同じままであったのである。私たちは、一九九〇年代以降、脳の機能についての生物学的研究のすばらしい進歩に目を奪われていたのだったが、しかしそこからの成果によって私たちの臨床が三〇年前と比べてどれだけ変化したと言えるのだろうか。精神科診断の国際化と操作的基準導入のために精神科医の莫大な労力が投入されているが、それは患者や社会にどれだけの利益をもたらしたのだろうか。新たな抗精神病薬と抗うつ薬の導入が次々とおこなわれてきたが、私たちはむしろ無定見な処方を、こともあろうか医学の素人からさえ指摘される時代に直面している。精神科医の仕事のあり方全般に対しても、社会の一部から厳しい批判が巻き起こりつつある。 精神医学は、着実な科学的進歩という面で、明らかにこの一世紀にわたってヤスパースの時代に抱かれていた期待を裏切りつづけてきた。つまり、「総論」という書に記された各論的部分において、精神医学は当時のままに留まっている。では「総論」の総論的な部分であるこの第六部に述べられていることは、この精神科医療の停滞した今日の状況をいかなる意味において変える力を持っているのだろうか。 ヤスパースの「総論」を今日読むべきである理由の一つは、ヤスパースの時代の精神科医療と今日のそれが、見かけはどうあれ本質的にほとんど変化していないということにある。何らかの治療法や薬が有望だとされ話題になることはあっても、精神科医療の構造が大きく変わったのかと言われれば、そのようなことは実は起こっていないのだと答えるしかないだろう。だからこそ、私たちはなお日常的に「総論」を参照にしていくべきなのである。 |
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