日本循環器学会プレス・セミナー
ストップCVD ~禁煙・受動喫煙対策は循環器疾患予防の原点~
(一般社団法人日本循環器学会禁煙推進委員会委員)
[講演1] 「喫煙と老化-そのメカニズムに迫る-」
瀧原圭子氏 大阪大学キャンパスライフ健康支援センター 大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学教授
[講演2] 「循環器疾患予防における禁煙の位置づけ」
飯田真美氏 岐阜県総合医療センター 主任部長・内科部長
日本循環器学会は、日本脳卒中学会と連携し「脳卒中・循環器病克服5カ年計画」を策定、Stop CVD! 《Stop Cerebral Cardiovascular Disease(脳心血管病)!》の運動を展開している。その第一段階(STAGE1:生活習慣管理と危険因子発現予防―0次予防)として注目されるテーマの一つが喫煙であり、計画では喫煙率を2015年の19%から15%へと5年間で2割低下させることが目標として掲げられている。日本循環器学会では、第33回プレスセミナーにおいて禁煙・受動喫煙対策を取りあげ、喫煙と老化のメカニズム、とくに循環器疾患予防における禁煙の位置づけについての講演を行った。講師は日本循環器学会禁煙推進委員会のメンバーである瀧原圭子氏と飯田真美氏の二人が務めた。
▶ 喫煙は様々なサイトカインや成長因子を変化させ老化を促進する
まず基本的な知識として、瀧原圭子氏は「喫煙を科学する」とのテーマを掲げ、産業医および大阪大学分子病態学研究者の立場から、喫煙が老化に及ぼす影響や、喫煙が循環器系疾患の成因となるメカニズムについて解説した。産業医として健診受診者の健康状態を経年的に調べると、喫煙者では動脈硬化の指標である頸動脈内膜複合体厚(IMT)の増加率が非喫煙者と比べて大きいことが観察される。またIL-6、hs-CRPといったサイトカインレベルが非喫煙者に比べて高く、慢性的な炎症状態をきたしやすい状態に陥る(図表1)。さらに女性喫煙者では、内臓脂肪が増加しやすく、本来なら女性は皮下脂肪型(洋ナシ体型)が多いにもかかわらず、男性に多い内臓脂肪型(リンゴ型)を呈するようになることなどが指摘された(図表2)。骨粗鬆症、黄斑変性症、皮膚のしわなども喫煙によって促進されるなど、老化を加速させる因子の一つと考えられている。喫煙者の寿命は非喫煙者に比べて10年短いといわれる。
図表1(図表はクリックで拡大します) | 図表2 |
図表3 | 図表4 |
喫煙との関連が指摘される致死的な疾患、すなわち悪性新生物、心血管疾患、肺疾患はいずれも加齢に伴って発症すると考えられているが、瀧原氏ら大阪大学のグループは、喫煙習慣が慢性炎症や酸化ストレスの増加をもたらし、老化を促進させているとの理解から、Klotho関連遺伝子に注目した研究を進めている。Klotho遺伝子は生体の発生、成熟、機能維持に関与する遺伝子群の一つであり、Klotho遺伝子が欠失すると、生体のホメオスタシスが破綻し、様々な老化症状をもたらすと考えられている。
瀧原氏らは、喫煙者ではKlotho遺伝子が関与するFGF-21、α-Klotho、IL-6が有意に上昇することをつきとめ、さらにFGF-21 は代謝関連サイトカインのアディポネクチンと逆相関を示し、α- Klothoは炎症性サイトカインのIL-6と相関することを見出した(図表3,4)。FGF-21と代謝関連パラメータとの関連をみると、FGF-21は脂肪肝、脂質異常症、高血圧などのメタボリック症候群で上昇することも報告されていることから、喫煙者は境界域メタボリック症候群といえるかもしれないという。また、α-Klothoは慢性炎症に対して代償的に上昇し抗炎症作用を示している可能性がある。
▶ タバコ煙には4000種類以上の有害物質、約70種類は発がん性物質
これらの知見が紹介されたあと、岐阜県総合医療センター循環器内科の飯田真美氏は循環器系疾患に対する喫煙の影響、今後の課題について解説した。
飯田氏はまず、3万名以上の英国人男性医師を50年間追跡した結果、喫煙者は非喫煙者に比べて寿命が10年も短かかったこと、この結果は近年の医療技術の進歩、衛生状況の改善を加味しても変わらないことを示すデータを紹介した(図表5)。一方、わが国における死亡者数をリスク要因別にみると、喫煙の関与がもっとも多く、次いで高血圧、運動不足が続き、喫煙は非常に多くの疾患や病態に関係していることが示されている(図表6)。
図表5 |
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図表7 | 図表8 |
タバコ煙の成分には、ニコチン、一酸化炭素をはじめとする4000種類以上の有害物質が含まれるが、その約70種類は発がん性物質であるとされる(図表7)。これらの葉の燃焼によって生ずる物質のほか、たばこ製品の生産過程で加えられる様々な添加物の揮発物質や熱分解産物も含まれている。したがって、喫煙によって生じる各種の病態は、単にニコチンだけの作用というわけではなく、複雑な粒子状およびガス状成分によって生じている可能性が高い。ニコチンが「軽い」煙草を吸っても、本数を減らしても結果的にはあまり変わらないのだ。
飯田氏は、心血管系への影響および心血管系疾患のリスク因子への影響についての詳細なデータを紹介した。まず喫煙は、心拍数・血圧・心筋収縮力を上昇させることによって交感神経活動を上昇させる。一酸化炭素ヘモグロビン(COHb)が酸素運搬を減少させ、同時に組織への酸素供給を減少させる。心筋の酸素需要・供給の調節機能を減弱させ、ニコチン等によってアテローム硬化性変化をもたらす。
これらのデータを裏付けるかのように、日本における喫煙習慣と虚血性心疾患罹患・死亡との関係をみたコホート研究のほとんどが、喫煙者は非喫煙者に比べて相対危険度が高いことを示している(図表8)。代表的な研究であるJPHC研究では、男女ともに冠動脈疾患、心筋梗塞は約3倍高くなることが示され、脳卒中については、男性で1.27倍、女性では1.98倍発症しやすいことが示されている。
図表9 | 図表10 |
図表11 | 図表12 |
血圧・総コレステロールの関係から、冠動脈疾患死亡率を比較した研究では、喫煙者では血圧とコレステロール値が基準値であってもリスクは約3倍、血圧とコレステロールが高値になると最大でリスクは20倍にも達するとされている(図表9)。
糖尿病、脂質異常症、メタボリックシンドローム、CKDといったリスク因子についても同様の影響が示されている。糖尿病との関係が検討されたHIPOP-OHP研究では、喫煙による糖尿病の発症リスクは受動喫煙で1.81倍、能動喫煙で1.99倍になるとされ(図表10)、脂質代謝との関連が検討された研究では、HDLコレステロールが5.7%低下、中性脂肪が9.1%、LDLコレステロールが1.9%有意に上昇すると報告されている(Craig WY et al, Br Med J, 298, 1989)。メタボリックシンドロームとの関連が検討された研究では、喫煙の本数によってオッズ比が上昇し、過去喫煙者では禁煙後の期間が長くなるほどオッズ比が低下する(図表11)(Ishizaki,N etal)。慢性腎臓病との関連では、喫煙者は2.18倍相対危険度が高くなる。脳卒中の原因になる心房細動との関連をみた検討では、観察開始から13年後の心房細動発症率は非喫煙者の約2倍に達することが報告されている(図表12)(Chamberlain AM et al: Heart Rhythm 2011;8:1160-6)。
ところで、喫煙には能動喫煙と受動喫煙、さらに吐き出された呼出煙がある。受動喫煙ではタバコ煙の吸入は能動喫煙の百分の1程度であるにもかかわらず、メタアナリシスによれば、冠動脈疾患発症危険率は1.25倍になるといわれれている。一方、有害性が少ないと考えられがちの新型タバコについても、有害物質が含まれていないというわけではなく、非燃焼・加熱式タバコによって吸入される物質はあまり変わらないとするデータも示された。
▶ 日本が締結しているFCTCは「全面禁煙」の法規制を求めている
では禁煙した場合、実際にはどの程度の効果があるのか。循環器疾患2次予防における現在喫煙者に対する禁煙者の死亡相対危険度は、禁煙によって0.64まで低下する(Crichley JA, et al JAMA 2003 Jul 2; 290:86-97)。また脳卒中の発症リスクは禁煙後2年目からリスクが低下し、5年で非喫煙者と同等レベルまで低下する。
飯田氏は、これらのデータを踏まえ、能動喫煙・受動喫煙ともに減少させる環境づくりがまずは重要であると主張する。実際、岐阜大学で病院を禁煙化、キャンパスを禁煙化したところ、手術患者のCOHbは有意に低下したことが示され、米国モンタナ州ヘレナで条例により公共の場所を完全に禁煙化したところ、急性心筋梗塞の入院患者が著明に減少した(図表13,14)。日本で受動喫煙防止条例が施行された兵庫県では、急性冠症候群の発症が有意に減少した。
図表13 | 図表14 |
図表15 | 図表16 |
現在、屋内施設の完全禁煙が実施されている国は多く、WHO FCTCではレストランなどのサービス産業も含めて屋内施設の100%を完全に禁煙にする法律の制定を各国に求めている。2010年7月WHOと国際オリンピック委員会はすべての人々に身体活動とすべてのスポーツ、たばこのないオリンピック、子供の肥満予防などを含む健康的なライフスタイルを奨励することを共同で行う同意に達した。オリンピックは、屋内が全面禁煙である条例・法律のある都市で開催されることが求められている。
「たばこの規制に関する世界保健機関枠組み条約」では、喫煙室を設置しない全面禁煙化を求めており、2014年までに49か国で公官庁、一般企業だけでなく、飲食店等を含めて全面禁煙とする法規制を施行することを目指している。オリンピック大会がきっかけでロシア、北京市は全面禁煙を実施した。現状では日本だけが法規制を免れている(図表15)。
現在日本では、循環器学会の活動のほか、多くの学会が参加する「禁煙推進学術ネットワーク」では学会間で喫煙・禁煙に関する情報交換・情報共有を行い、喫煙によって生ずる疾患と禁煙方法や禁煙治療薬などに関する研究や知識の普及を行っている。
日本循環器学会では、日本循環器学会新禁煙宣言2013年以来活動を進め、現在、マスコットキャラクター「すわん君」による啓発を行っている(図表16)。
飯田氏は、東京オリンピック・パラリンピック2020に向けて、国際基準に則った屋内完全禁煙を整えることが、まさに現在、強く求められていることを強調した。
【取材・構成 学樹書院】