脳卒中予防のためのカテーテル治療:経皮的左心耳閉鎖術
日本循環器学会プレスセミナー[2017年4月14日/日本循環器学会会議室]
循環器系疾患の領域では、抗凝固療法、不整脈のカテーテル治療が著しく進歩し、近年、さまざま病態への対応が可能となってきた。しかし、従来の治療法では効果が得られない疾患もいまだ少なくない。心房細動が原因で脳血栓を引き起こす心原性の脳梗塞もそのうちの一つであり、いったん障害を起こしてしまうとダメージのレベルが高く、多くの場合予後も不良である。経皮的左心耳閉鎖術は、この心原性の脳梗塞をターゲットとした最先端のカテーテル治療法である。 講師は東邦大学医療センター大橋病院循環器内科の原英彦氏(写真)、セミナーの司会は赤阪隆史氏が務めた。
■ ノックアウト型とも呼ばれる心原性脳梗塞
厚生労働省の統計によると、心疾患、脳血管疾患は、がん・悪性新生物に次いで、日本人の死因の第2位、第4位を占めています(図1)。心疾患、脳卒中(脳血管疾患)は、男女を問わず、全死因の20%以上を占め、そのうち脳卒中は約12万人、死亡総数に占める割合は約10%に達しています。脳血管疾患は高齢人口の増加に伴って増加しますが、すでに高齢社会を迎えた日本では、脳卒中自体は年間30万人ほどが発症しており、まさに国民病の一つといえるでしょう。
脳卒中には脳の血管が詰まるタイプ(脳梗塞)と血管が破れるタイプ(脳出血、クモ膜下出血)があります。より多くみられるのは脳梗塞で、約20万人がこのタイプに当てはまります。脳梗塞の原因の約30%は動脈硬化、約30%は高血圧、残りの約30%が心房細動による心原性の脳梗塞と考えられています。
心原性の脳梗塞というのは、心臓にできた血栓が血管のなかを飛んで頭部に達し、脳の血管を詰まらせてしまう状態をいいます。心房細動が起きると、心房が細かく震えるために心房内の血液が淀んでしまう結果、血栓が生じやすく、その血栓が心臓から脳に飛んで脳の血管を詰まらせる脳塞栓が起こりやすくなります。
心房細動は特に高齢者で多くみられる不整脈の原因の一つです。高齢化に伴って動脈硬化が多くみられることはよく知られていますが、それに加えて不整脈の所見もかなり多くみられるようになります。その心房細動が原因となって発生する脳卒中は、高血圧によるものなどに比べるとダメージが大きいことから、ノックアウト型とも呼ばれることがあります。心原性の脳梗塞を起こした患者さんの頭部MRI写真をみると、ダメージを受けた脳梗塞の領域の白い部分が非常に大きく広がっているのが観察できます。
脳卒中に襲われると運よく一命をとりとめることができても、多くの場合麻痺状態が残りますので、復帰したあとも片方の手に麻痺が残る、発話ができない、食事がとれない、あるいは半身不随の状態になることも少なくありません。患者さん本人はもとより、家族にとってもたいへんな負担が強いられることになります。厚労省のデータによると、介護が必要になった要因の約1割は脳卒中が占めています。
心房細動による脳梗塞を経験された著名人としては、長島茂雄元巨人軍監督、元首相の小渕恵三氏、サッカーのオシム元監督などの例がまだ記憶に新しいところでしょう。
■ 抗凝固療法にもカテーテルアブレーションにも限界が
こうした脳塞栓を引き起こす心房細動を防ぐためには血液の塊ができないように血液をサラサラにしておけばよいだろうとの考え方から、これまで心房細動の治療としては全身の抗凝固療法がもっとも標準的な治療として試みられてきました。治療薬としては長い間ワルファリンが用いられるのが普通でした。しかし、近年、DOAC (direct oral anticoagulant)と呼ばれる新規抗凝固薬が登場し、ワルファリンよりも出血の合併症が少なく、よりすぐれた効果を発揮する薬剤の使用が可能になってきました。ただ、これらの薬剤は生涯にわたって飲み続けなければなりませんし、副作用が相対的に少ないとはいえ、それでも出血傾向は避けられません。特に高齢者はがんや潰瘍の発症も多く、クモ膜下出血も起こしやすくなります。また転倒するリスクも大きくなりますから、外傷による出血も生じやすく、したがってまた、全体的なQOLも低下しやすくなる。しかもDOACの薬価は高価ですから、医療経済学的にも大きな負担となります。
抗凝固療法はいまでもゴールドスタンダードに位置づけられる治療ではあるのですが、こうした副作用をはじめとしたいくつかの問題があるのです。そこで注目されてきたのが、心房細動に対する非薬物療法、すなわちカテーテルアブレーション治療でした(図2)。
カテーテルそのものはもともと様々な医療分野で用いられてきた技法です。循環器領域での使用は最も多く、ステントの挿入やバルーンによる拡張など、多くの方法が試みられてきました。四肢や頸部の閉塞性動脈硬化症に対する治療も盛んに行われ、今日までに非常に多くの手技が確立されてきました。とくに構造的心疾患、非虚血性心疾患のインターベンション治療は、弁膜症、先天性心疾患の領域で、僧帽弁狭窄、大動脈弁狭窄、心房中隔欠損、卵円孔開存、心室中隔欠損、うっ血性心不全など、従来は手術以外の方法がなかった疾患に対して著しい効果を上げてきました。
心房細動に対するカテーテルアブレーションは、心房細動を起こしている部位を焼灼して不整脈自体を取り除くという方法が用いられます。多くの場合、これだけで心房細動がおさまり、抗不整脈薬の服用を中止することができますが、必ずしも100%効果が得られるわけではありません。心房細動はいろいろな部位に生じます。左心房や肺静脈以外に生じると、アブレーションを行っても再発率は40%以上に達すると言われています。とくに80歳以上の高齢になるとアブレーションを行っても再発することが少なくないのが現状です。アブレーションの一つの限界は再発という点にあります。
■ 抗凝固療法よりも良好に脳梗塞を抑制
今回ご紹介する経皮的左心耳閉鎖術(LAA Closure: Left Atrial Appendage Closure)は、左心耳という局所に着目した新しいカテーテル治療の技術ということができます。
心房細動は心臓のいろいろな部位で起こりますが、20年ほど前からとくに左心耳のなかで起こるものが問題で、その内部に血栓ができやすいことが判ってきました。
Blackshearらの報告によると、心房細動による血栓の90%(201/222例)は左心耳に認められたとされています(Blackshear & Odell, 1996)。
左心耳とは心臓の中央部に位置する袋状の複雑な形状の部位であり、小さな部屋が複数存在する形状のものもあります(図3)。通常はリズミカルに動いていますが、心房細動を起こすと細かいひだで囲まれた小さな空間の内部が小刻みに震え、血流がよどんで血液の流れが滞ります。その結果、左心耳の中に血液の塊が生じやすくなり、この塊りすなわち血栓が脳に向かって飛んでいくということになります。
この左心耳に生じる血栓を予防する局所療法の可能性が報告されたのは1996年のことでしたから、ほぼワルファリン治療がゴールドスタンダードになった時期と重なります。この時代に既に左心耳を閉鎖するという方法が考案されていたわけです。
今日、左心耳を閉鎖する治療は世界的に行われるようになりましたが、日本ではまだ承認されていません。アメリカでは一昨年に認可されました。ヨーロッパ、カナダでは10年以上前から実施されています。アジア太平洋地域でも中国、韓国、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム、オーストラリアなど多くの国で実施されています(図4)。日本では今年に入ってから、ようやく治験が開始された段階です。
実際にこの手技を行う場合は、超音波の先生方とのチームで行うことが基本となります。
ボール状のデバイスを食道超音波で食道から心臓を観察しながら、カテーテルで心臓まで運び入れます。
まず右心房に到達させ、右心房から左心房に、心房中隔という壁を針で破って到達させます。
そこでカテーテルを左心耳の部屋の入口までもってゆき、その部分を閉鎖するというのが基本的な方法であります。
ボール状のデバイスで左心耳の入り口をふさぐと、そこから先に血液が入っていくことがなくなり血栓が生じにくくなります。
このボールの表面には1~2か月経つと膜ができますので、ここに血栓がつくことはありません。
抗凝固療法からこの方法に切り替えた患者さんの5年間の経過観察を行ったデータをみると、抗凝固薬を用いなければ6.6%の確率で脳梗塞を起こしていただろうと予測される心房細動の患者さんにおける術後の脳卒中発症率は3.8%でした。
左心耳を閉鎖してもゼロにはならないのかと思われるかもしれませんが、これらの患者さんでは抗凝固薬をやめても50%の低下が認められたことになり、ハイリスクの状態にある患者さんの約半数が脳梗塞を起こさなかった意義は大きいというべきでしょう。これらの成績によって局所治療のコンセプトが大きく変わりました。
現在もっともよく用いられているのはWatchmanデバイスを利用した方法です(図5)。このデバイスは現在全世界で2万個以上使われています。ナイチノールという形状記憶合金が用いられ、カテーテルの細い管に入った状態で供給されます。2.5世代のwatchmanは留置の仕方としてはとても簡単で、局所まで達したところでワンタッチでボールを膨らませることで左心耳を閉鎖します。左心耳は非常に薄い構造物ですから、あまり奥まで入り込んで組織を破らないようにしなければなりませんが、そのための工夫も十分になされています。
Watchmanとワルファリンを比較した4年間の臨床試験PROTECT AFのデータをご紹介します(Holmes DR: ACC & i2 Summit 2009, Orlando, FL)。
心房細動の患者さんを対象に、Watchmanを入れてワルファリンを中止した群と、従来のワルファリン治療を継続した群の5年間の経過を比較した成績です。ただし、Watchman群はいきなりワルファリンをゼロにしてしまうと血栓の懸念が完全には避けられないため、6週間のみワルファリンを使用するというプロトコールで、それ以降は小児用バファリンを使いました。
まずこの期間中に出血があったかどうか、すなわち安全性をみたところ、ワルファリン群は時間が経過すればするほど出血の合併症が多かった。もっともこの技法が開始された直後は施行者が慣れていなかったこともあって、Watchman群も心臓からの出血などが多く、FDAによる認可は降りなかったのですが、しかしこのデータをさらに解析してみると、Watchman群は周術期の短期間における合併症を除けば、イベント発症の曲線はワルファリンと変わりませんでした。
つまりカテーテルの治療が成功していたとすれば両者の差はない。となるとワルファリンよりも良好な成績が期待できるのではないかと考えられる成績でした。
肝心の脳卒中を抑える効果については、ワルファリンへの優越性が示されました。そしてこの両者を比較したPROTECT AFから、Watchman群はワルファリン群に対して以下のような結果が明らかになりました。
1)脳卒中/全身塞栓/心血管死亡が40%減少
2)心血管死は60%減少
3)全死亡は34%減少
有効性はとくにハイリスクの患者(脳卒中の既往がある二次予防)に顕著に認められました。また早期には安全性イベントが生じる可能性がありますが、長期には安全性イベントが増加しないことも示されました。これらのデータがJAMAで2014年に掲載され、Watchmanは翌年アメリカで認可されることになりました。
近年、注目されている新規抗凝固薬も成績がよく、これらの薬とワルファリンと比較した試験の結果をみると、4年間でワルファリンよりも10%(ダビガトラン)から15%死亡率を減らしたことが示されています。ところが、Watchmanの成績では、30%以上の減少が示されました。出血の問題をかかえる患者さんは循環器内科ではなく、消化器系や泌尿器科で出血の治療を受けたりすることが多く、循環器系では把握しにくくなることも考慮する必要があります。実際、Watchmanは死亡率だけでなく、さまざまなQOLの指標も改善することが示されています(D Holmes, et al.: ACC, March 2012)。
左心耳閉鎖治療の適応については図6に、左心耳閉鎖治療の位置づけについては図7に示します。
ヨーロッパでは、脳卒中のリスクが高い心房細動の患者さん(高血圧、糖尿病、75歳以上、脳梗塞の既往)を対象に、軽い薬剤を使ったWatchmanの試験も行われました。これらの抗凝固薬を投与しなかった場合の1年間の脳卒中の発症リスクは7.3%とされる患者さんに対して、抗凝固療法を中止してWatchmanを実施し、小児用バファリンかアスピリンに代えました。結果、脳卒中の発症は1.7%まで低下、すなわち77%も減少させたことが示されました。
■ Watchmanのメリット、デメリット
今日、左心耳閉鎖には、WatchmanのほかにAmplatzerというデバイスも用いられるよになりました。Watchmanはやや深い部分まで挿入するため多少の危険を伴いますが、このデバイスは左心耳の入口に置くだけで同様の効果を得ることができます(図8)。海外では2番手に普及しているデバイスであり、現在はAmuletという第二世代のものが用いられ、左心耳の複雑な形状に柔軟に対応できるというメリットが注目されています。
昨年発表された2015年6月~2016年9月までに世界各地で行われた約1000名のハイリスクの高齢者を対象とした検討では、AmuletもWatchmanも99%近くの症例でデバイスの挿入に成功し、左心耳閉鎖率はほぼ100%に達していることが示されました。この手技に関連した合併症の発症は2~3%程度でした。
左心耳結紮は天皇陛下が2012年(平成24年)に冠動脈バイパス手術を受けられた際にも、術中に心房細動が認められたことから脳卒中予防の処置として実施されました。映画俳優で元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガー氏は、自ら希望してWatchmanデバイスを用いたカテーテル手術を受けました。抗凝固薬を服用しながらのアクション映画の撮影は危険との判断があったためと思われます。Watchmanデバイスの一番のメリットは、出血傾向が強力な抗凝固薬の服用を中止できるということです。と同時に、医療費が抑制されるという医療経済学的なメリットも期待できます。
Watchmanのデメリットすなわち弱点についても述べておかなければなりません。デメリットとしては以下のような事柄が挙げられます。
1)手術中に2%程度の合併症をみることがある。
2)デバイス上に血栓ができてしまうことがある(3~4%)。そのため6週間目に超音波検査を行います。もし血栓があれば、抗凝固薬を上乗せして膜ができてから中止するようにします。
3)デバイスの横から血液の漏れが生じる残存リークが約30%報告されている。
【ただし、この2)と3)は、臨床的に大きなイベントにはつながりにくいことが判っています。】
4)左心耳に血栓が生じる確率は約90%、では残りの10%はどうするのかという問題が残る。
5)抗血小板薬としてアスピリンは残しておいたほうがよいとの意見もある。
アジアではアスピリンを使うと頭蓋内出血が多くなるとする報告もありますが、ヨーロッパではとくに出血リスクが高い患者などでは、薬物はまったくゼロにしてフォローしている症例も多く認められます。
コストに関しては、左心耳閉鎖術、ワルファリン、DOACを比較した研究では、当初は左心耳閉鎖のほうがコストが高いが経年的にはイベントが少なくなるため、5年目でのDOACのコストとほぼ同等になり、10年目あたりでワルファリンのコストと同等になり、それ以降はWatchmanのコストのほうが安くなると予測されています。ヨーロッパのガイドラインでは+2Bで推奨されています。
以上の議論をまとめてみます。
1)経皮的左心耳閉鎖術は、高齢化が著しい日本では今後きわめて重要な役割を担う治療法の一つになると考えられる。
2)経皮的左心耳閉鎖術(Watchman植込み)はワルファリンよりも有意に予後を改善したことが示されており、95%以上の患者さんは術後ワルファリンを中止することができると考えられる。
3)経皮的左心耳閉鎖術は、出血傾向を併せ持つ心房細動の患者にとって福音となる可能性がある。ただし、手技による周術期合併症は可及的に減らす努力が求められる。
4)国内に導入された場合、術者に対する教育システムの確立が重要な課題になる。
経皮的左心耳閉鎖術の今後の更なる展開が期待されています。
[取材・構成(文責) 学樹書院]